北斗市の四季

2016年10月に北斗市に引っ越し。ここでの生活やグルメなど紹介

北斗市での新年お参り

明けましておめでとうございます。

2016年10月に引っ越しをしてきた北斗市からここの生活ぶりをご紹介していきます。北斗市は2016年3月に新幹線駅が開通したことで少し有名になっていて、函館市の隣町で山と海に囲まれ静かで暮らしやすい街です。

 

さて今日はもちろん元旦です。今朝ほど神社へお参りに行ってきました。北斗市でお参りは「上磯八幡宮」か「七重浜海津見神社」が近いようで、私は「上磯八幡宮」へ行ってきました。

突然上磯八幡宮ってなに?と思いませんか?実は北斗市って市名は元々は上磯郡上磯町亀田郡大野町を分かれていた場所が2006年に合併し、北斗市となったんです。

ここの「上磯八幡宮」ですが隣もお寺が並んでおり、なんか珍しい通りだなと思いました。

 

上磯八幡宮の場所はこちら

 

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 上磯八幡宮は天文元年(1532)、戸切地村の氏神として創建されたといわれています。ここ八幡宮には増円空作観音(えんくうさくかんのんぞう)像があります。 円空は寛永9年(1632)美濃国(岐阜)に生まれ35才で渡道2年間滞在、その後帰郷し元禄8年(1696)年入没したといわれています。 当神社の観音像は特に保存がよく「鉈作り(なたづくり)」の極意に達した充実期の作品のような荒々しさはみられず、細かいスジ彫りの冴えた「ノミ」のあとに残した初期の作風です。 (北斗市指定有形財平成18年2月1日指定) また、境内の狛犬には「文久2年(1863)癸亥9月15日若者中」。 手水鉢には「世話人 末吉 友治郎 元治元年(1864)甲子9月15日」「戸切地村 若者中」と刻まれています。「若者中」は夜回り、警備、祭礼の奉仕、海難救助などを実践した青年男子の団体でした。明治11年(1878)有川村と戸切地村の両村合併と村名付与の願いを開拓使大書記官 時任為基に提出、翌12年に合併して「上磯村」が誕生しました。 これらは旧村名入りの造形物として貴重なものてす。 平成21年12月北斗市教育委員会

 

 そしてここの通りは複数のお寺が存在しています。「東光寺」「禅林寺」「廣徳寺(広徳寺)」というお寺です。歩いても5分以内の場所にあります。

 

浄土宗の禅林寺

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曹洞宗(ソウトウシュウ)の金嶺山東光寺

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曹洞宗の廣徳寺(撮影11月)

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