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北斗市の四季

2016年10月に北斗市に引っ越し。ここでの生活やグルメなど紹介

北斗市のイベント2月>北斗市認知症市民セミナー

2月19日(日)13:30〜

北斗市総合文化センターかなでーる

北斗市認知症市民セミナー

 

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北斗市のイベント2月

2月19日(日)13:30〜|北斗市総合文化センターかなでーる北斗市認知症市民セミナー(詳細リンク

散歩で清水川稲荷神社

お正月中から良い天気が続いていて今日は近所を散歩していました。北斗市には神社が多くあるので、ぶらぶら散歩しなが看板をメモっていこうと思います。

 

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清水川の開祖の一人・東山熊五郎は、文政10年(1827年)、岩手県二戸郡小友村に生まれ、万延元年 (1860年)に大野村の清水川に定住した。熊五郎は馬好きな一面、敬神の念に厚く、清水川稲荷神社の御神体は、熊五郎が持ってきて、守護神として祀られたという。
 熊五郎の清水川入植は明治維新前であり、清水川稲荷神社の勧請年代も同年代とされている。また、境内が狭いのは水田地帯の特色であり、清水川の東側一帯は箱館の高龍寺の水田となっていた。現在の清水川から千代田に向かう清水川道路・用水路は、水田造りに際してのものといわれている。今日は氏子たちにより 維持されている。
 例祭は9月1日に行われている。
平成12年8月 大野町教育委員会

 

■清水川稲荷神社

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とても小さな神社です。神社周りは清掃されていえ地域の方が掃除をしているのでしょう。

 

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周りは田植え前の田んぼの風景が広がっています。新年から良い天気が続いている道南の北斗市です。

 

場所はこちら

 

■まとめ
文政10年(1827年
岩手県二戸郡小友村に生まれの東山熊五郎
万延元年 (1860年)に大野村の清水川に定住し
持ってきた御神体で明治維新前に清水川入植を行い、
清水川稲荷神社として祀られた

 

 

北斗市の概要

北斗市市長

高谷 寿峰

 

北斗市議会議長

池田 達雄

 

-----2016年1月5日付 ここまで------

北斗市のイベント1月

1月8日(日)12:00時〜|北斗市総合文化センターかなでーる|北斗市成人式

 

1月15日(日)午前10:00〜|北斗市総合運動公園自由広場|スノーフェスティバル|お問い合わせ:北斗市総合体育館 73-6481

 

1月22日(日)午前10:00〜午後2:00|北斗市総合文化センターかなでーる|第11回 北斗市学習体験フェスティバル

 

1月29日(日)9:00〜|ニヤマ高原スキー場|第11回市民スキー大会

 

 

意冨比(おおい)神社で大吉のおみくじを引きました。

昨日、神社へお参りに行ってきました。

大野町という北斗市のなかで2つ目に栄ている場所にある神社です。ここは意冨比(おおい)神社といいます。なんかグーグルマップでは(おおひ)になっていますがどちらがただしいの?

 

Wikipediaではこのように説明されている。

ここの神社には北海道から350年の古木として指定された保護樹木があります。意冨比神社(おおひ-、おおい-) 旧大日堂[9]。道南の北斗市にある神社。箱館戦争の激戦地として知られている。平安時代の康平三歳(1060年)の銘が入る鰐口を有する。明暦2年(1656年)に再建されたという記録はあるが、創建年代は不詳である。仮に1060年創建とすると、北海道最古の神社となる

この神社は箱館戦争の舞台のひとつ。関係のない村民らが犠牲になっていたようです。
箱館戦争と意冨比(おおい)神社の戦い
明治元年(1868年)旧10月20日

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意冨比(おおい)神社

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意富比神社の水松記念保護樹木

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大野町には、江戸時代初期の頃から人々が住みはじめ、寛文9年(1669年)の頃、既に家が20件ほどあったとされています。このイチイはその頃植えられたもので、大野町の350年の歴史を物語る古木として指定されました。
昭和47年3月25日指定 北海道

 

 8月末にはこの神社の宵宮祭・本祭が行われるようです。また定期的に「手づくり市」という催し物も開催されているようです。

今日は参拝しおみくじを引きたら、大吉!はじめてかも??これは北斗市をブログしている僕へのご褒美??よーし頑張って書きますよー。

 

意富比神社の場所はこちら

 





北斗市での新年お参り

明けましておめでとうございます。

2016年10月に引っ越しをしてきた北斗市からここの生活ぶりをご紹介していきます。北斗市は2016年3月に新幹線駅が開通したことで少し有名になっていて、函館市の隣町で山と海に囲まれ静かで暮らしやすい街です。

 

さて今日はもちろん元旦です。今朝ほど神社へお参りに行ってきました。北斗市でお参りは「上磯八幡宮」か「七重浜海津見神社」が近いようで、私は「上磯八幡宮」へ行ってきました。

突然上磯八幡宮ってなに?と思いませんか?実は北斗市って市名は元々は上磯郡上磯町亀田郡大野町を分かれていた場所が2006年に合併し、北斗市となったんです。

ここの「上磯八幡宮」ですが隣もお寺が並んでおり、なんか珍しい通りだなと思いました。

 

上磯八幡宮の場所はこちら

 

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 上磯八幡宮は天文元年(1532)、戸切地村の氏神として創建されたといわれています。ここ八幡宮には増円空作観音(えんくうさくかんのんぞう)像があります。 円空は寛永9年(1632)美濃国(岐阜)に生まれ35才で渡道2年間滞在、その後帰郷し元禄8年(1696)年入没したといわれています。 当神社の観音像は特に保存がよく「鉈作り(なたづくり)」の極意に達した充実期の作品のような荒々しさはみられず、細かいスジ彫りの冴えた「ノミ」のあとに残した初期の作風です。 (北斗市指定有形財平成18年2月1日指定) また、境内の狛犬には「文久2年(1863)癸亥9月15日若者中」。 手水鉢には「世話人 末吉 友治郎 元治元年(1864)甲子9月15日」「戸切地村 若者中」と刻まれています。「若者中」は夜回り、警備、祭礼の奉仕、海難救助などを実践した青年男子の団体でした。明治11年(1878)有川村と戸切地村の両村合併と村名付与の願いを開拓使大書記官 時任為基に提出、翌12年に合併して「上磯村」が誕生しました。 これらは旧村名入りの造形物として貴重なものてす。 平成21年12月北斗市教育委員会

 

 そしてここの通りは複数のお寺が存在しています。「東光寺」「禅林寺」「廣徳寺(広徳寺)」というお寺です。歩いても5分以内の場所にあります。

 

浄土宗の禅林寺

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曹洞宗(ソウトウシュウ)の金嶺山東光寺

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曹洞宗の廣徳寺(撮影11月)

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